快気祝いの体験談
快気祝いのギフトに高級タオルのセットをいただきました。入院生活でクタクタになってしまったタオルから一新できて、気持ちも生活も気持ちもリスタートできて良かったです。なにより嬉しかったのは、退院してこれから自由にお風呂に入れる生活が始まるということでした。ですから快気祝いにタオルセットのギフトをいただけたことは、ありがたくもあり、縁起の良さも感じ、ますます嬉しくなったものでした。私が快気祝いのギフトでいただいたタオルセットは、バスタオルとフェイスタオルとハンドタオルがセットになったものでした。貰ったギフトは、かなり立派なタオルで厚手なのに軽くて水分をよく吸収してくれたので、病み上がりにとってはお風呂上がりの時間を楽に過ごすことができました。それも嬉しかったです。快気したとはいえ、お風呂とお風呂上がりの作業というのは、まだ本調子ではない部分もあったため、おそるおそるやっている部分もありました。ということでギフトのバスタオルやフェイスタオルは、吸収率が高くて軽かったのでかなり重宝しました。全快した今もこのタオルは未だにしっかりしているので、現在でも毎日使っています。ハンドタオルもありがたいです。外出先によっては時折、ハンドドライヤーやペーパータオルがないこともあるので、水分を一瞬でしっかり吸い取ってくれるハンドタオルも今でも毎日使っています。毎日使うもので、しっかりした作りのものをいただけるのは、かなり嬉しかったです。
人からは「男性は子供が出来ると変わるよ」と聞いていたのですが、旦那の何処が変わったかは不明、せめて浮気がバレないようにしてくれれば良いのですが、うちの旦那は根っからのバカのため隠し事が下手くそ。 旦那のお父さんが入院をしたと連絡があったのは日曜日の深夜、翌日には重要な会議があったらしいのですが、親思いの旦那は深夜にもかかわらず義父が入院することになった病院へ。 旦那が家に戻って来たのは早朝、一睡もしていない旦那ですが重要な会議には行かなくてならない、その日の旦那が帰って来たのは夕方6時、旦那は再び義父のところへお見舞いに。土日はもちろん平日も見舞いに行く旦那、旦那の願いが通じたのか義父は2ヶ月ほどで退院することが出来ました。 その頃は子供の受験を控えていたため、義父のお見舞いに私は行けずじまい、退院後に実家を訪れた旦那が持って帰って来たのは快気祝いと書かれたギフトでした。 嫁としてはせめて電話くらいしておいたほうが良いと思ったのですが、旦那は頑なに「しなくていい」、だったらせめて退院祝いを贈ると言うと、「俺が買っておくからいい」、それを聞いて私は「コイツ、浮気をしているな」。 義父が退院してから2年ほどが経った時に旦那の実家に夫婦で訪れた際、私が退院祝いの話をすると、旦那の表情が曇り、それを見た義母が旦那に「アンタもか?」。 かつて義父も祖父が入院したことにし浮気をしたことがあるらしく、その際のアリバイは旦那と同じ快気祝いと書かれたギフトだったのです。その話を聞かされた旦那と義父はバツが悪そう、浮気を白状させた私は旦那と義父が折半してバックを買ってもらいました。
歳の離れた妹が退院した父に送ったギフトには、快気祝いと書かれたのし紙が貼ってありました。快気祝いは本来、病気等が治った者がお見舞いに来てくれた者に送るもの、娘が他で恥をかかないよう父は妹に電話、すると妹は「私が快気祝いを貰える立場なの?」、入院費が嵩んだ父は妹に電話したことを後悔したのですが、電話から3時間後に妹が父のもとを訪れました。 父を見付けるや否や妹は、「お父さん、快気祝いを何にするか決まった?」 父、「まだ決めていない」 妹、「私が決めてあげようか?」 父、「大丈夫、お母さんと決めるから」 すると、妹は母親がいる台所へ行くと「お母さん、快気祝いは何にするの?」 母、「何にしましょうかね」 そう言うと、母が見たのは妹ではなく妹の子供、その子供は両親にとっては初めての孫、孫は幼くまだ話すことは出来ないのですが、 妹、「Aちゃん(孫)は、これが欲しいらしい」 妹が指差したのはスマホ画面、視力が衰えた母はメガネを掛けるとスマホ画面に映っていたのはママチャリ、それを知った私は妹に「お前が欲しいんだろ」 妹、「違う、Aちゃんが乗りたいって言うの」 私、「Aちゃん、まだ喋れないだろ?」 妹、「親の私には、子供が何を欲しがっているのか分かるの」 それから2週間後に妹が送って来たのは、ママチャリに子供を乗せた写真、それを見て父と母はニンマリ。 私、「ママチャリはいくらしたの?」 母、「Aちゃんが喜んでいるのだから安いものよ」 妹が父のお見舞いとして持って来たギフトは、どこでも買える安価なものと子供の写真、ママチャリの値段を知った父は血圧が一時上昇したのですが、祖父母にとっては孫が喜ぶことが一番のギフトなのでしょう。